ブエノスアイレス
アルゼンチン

 

 五月広場

 ブエノスアイレス市の心臓ともいうべき由緒ある広場で、1580年6月11日、この地から第2次ブエノスアイレス市建設が開始された歴史を持つ。18世紀初頭のアルゼンチン独立の第一歩となった、5月革命をはじめ、市の創設から現在に至るまで、さまざまな政治の舞台になってきた。 

 広場中央に5月革命一周年を記念した、5月の塔と独立運動の英雄の一人で、アルゼンチンの国旗を創案したマヌエル・ベルグラーノ将軍の騎馬像が立っている。                  

 広場の東側に建つ大統領府は1894年の建設で、1942年5月21日に歴史記念物に指定された。 

 

 

  

 メトロポリタン大聖堂 

  歴史的建造物の建ち並ぶ5月広場の北側にあるネオ・クラシック様式の大聖堂。

1827年の完成で、正面上部のモチーフや12本の柱が並ぶ堂々とした概観がすばらしい。

 内部右手には、チリやアルゼンチン、ペルーなどの独立の担い手となった南米解放の父、ホセ・デ・サンマルティン将軍の遺体が護衛兵に守られて安置されている。

 しかし、南米の初期は黒人奴隷の無償労力によって発展したが、奴隷の維持,管理費が高くつくため、これをやめるという内情から、独立し,以後安い労働力を移民が支えた。

人種差別は無く、黒人も殆ど見かけない。言葉はスペイン語。

 

  

ボカ地区

 セントロの南側に広がるサンテルモ地区は、植民地時代は市内一の、高級住宅街だった場所。1880年代から上流階級の人々は市北部に移り、この界隈はイタリア系などの移住者の住む庶民の街になった。初期の日系移住者も多くがこの地区に住んでいたという。

また、ポカ地区もヨーロッパからの移住者が、たどりつき、根をおろした場所で、タンゴ発祥の地としても有名だ。ともに古き良き時代の ブエノスアイレスの面影がうかがえる地区である。

 港町ボカの風情を残すローチャのに面した、学校に併設されたボカ美術館がある。絵画、彫刻、帆船の船首像などが、集められている。 

 

 

 

 
 

   ブエノスアイレス

 南米でたった一つの、Hard Rock Cafeが、ここブエノスアイレスにあった。他国よりちょっと高めかな!

 

 対岸が見えないほど雄大なラプラタ川畔に広がるブエノスアイレスは南米きっての大都市。

 面積200平方km、

 人口 300万、

 区画 100m 間隔で基盤目状、

 クアドラ 街路間の1ブロック、

 番地 100m 単位でつける、 

 標識 エスキーナ(交差点)ごとに街路名・番地記した標識が立つ、

 道路 カジエ(1車線街路)4本置きに アベニーダ(数車線街路)がある。

とても分かりやすく、歩きやすい。

 タクシーはセントロ界隈の動きなら、US$5〜7位。一方通行だから、往復同じ場所で乗り降りするが、料金は違ってくる。

 タンゴはアフリカ黒人奴隷が、カリブ海諸国にもたらした、バネラと呼ばれるキューバ音楽が、船乗りからアルゼンチンへと伝えられ、港町ボカを中心に、独自の発展をとげたという。

 さすがに本場だけあって、タンゴ演奏のショーを、食事をしながら楽しむことができる。ナイトライフの始まるのは、一般的に22時から23時頃と遅いので、旅の疲れとワインの酔いで、うとうと睡魔に誘われる。こんなときは、午後のシェィスターは、いかがでしょうか。お試しあれ。

 おとづれた店は、日本円で1万8千円と高い割に食事もショウも、いまいちの感あり。下調べも大事に!

 

 

ホームへ    

旅へ

6.リマへ